糸島のナカトリモチ

神と人を結ぶ神主さんを中執持といいます。 糸島を舞台に神社の奉仕、地元を案内するガイド・添乗員、予備自衛官・防災士などの様々な活動をしながら日々の事を綴るブログです。救命講習、 パソコンや進路指導、観光、郷土史や神話の各種講師業も行なっております。

糸島神在天神社

客人はマレビトと訓む

同じ釜の飯を食うという言葉があります。寝食をともにするというのは、言い知れぬ親近感と共に、深い絆が結ばれるのだなと思います。

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夏の3ヶ月間、私は郷里より1000キロメートル以上も離れた越中富山の、更に3000メートルの高さに位置する雄山神社頂上峰本社にて奉仕しております。

富山にかくもご縁を頂くことになるとは思いもよらぬことで、伊勢に次いで第3の故郷と呼べるかもしれません。殆どが立山頂上の生活ですが(笑)

山の上では麓2社の雄山神社職員は本より、富山県下の神主や全国各地の様々な人と日々共同して大神様に仕えています。家族と変わらぬ距離で濃い時間を過ごしますので、下界に戻った後も親交が続き、また毎年夏に再会できるのが楽しみになります。

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そうした日々を過ごす中で、たまにお客人が来ます。誰かの友人であったり、また作業等で来られる業者の方であったり。何しろ雄大な景色を臨む場所とはいえ、行動範囲も人間も決まった単調な日々ですから、こうしたマレなる人の来訪を皆喜びます。空気の入れ替えであるとか、新しい空気が入ってくると表現していますが、有難い場所ながら長くいると、ともすれば鬱屈としてくる雰囲気を一変せしめるのがお客の存在です。昔々の、村に不意に現れる客もこうしたものだったのかと思い巡らしたりします。

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神社では信仰上の尊厳を維持する目的で、一部において普段一般に通用する言葉を避けて言い換えることがあります。

神社では基本的に、参拝者に対して「ありがとうございます」「お疲れ様」「お客様」を使いません。神社にお参りすることが、神社サイドで有難いとはおかしいという意味です。また同じ意味で疲れに来てるわけでもなく、神の客でもないので違う言い回しとなります。

特に「お客様」は、いかにも商売気があるように感じられるということで、若手の頃は厳しく指導されました。

勿論、その考えは全く正しいと思いますから私もそこにイチャモンをつける気は更々無いのですが、客人といえばその訓読みは「マレビト」つまり稀なる人ですから、殊更に忌み慎む言葉でも無いかなとも思うのです。

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そんなご奉仕の日々を送る中、九州より私を訪ねてマレビトが参りました。

去年久留米駐屯地で寝食を共にし訓練を受けた予備自衛官仲間で、佐賀県武雄市から夫婦でお越しになりました。

帝国陸軍歩兵第七連隊の石碑でツーショットは、予備とはいえ国防を担う後輩として誇らしく思います。

大きな荷物から出てきた沢山のご奉納の品々はその後の酒肴となり、参籠の夜は大いに盛り上がりました。

神仏混淆の名残多い山岳信仰の山ですが、お寺ではありませんので存分に頂戴しました。これもまた大神様の御恵みと嬉しく喜ばしきことです。

古い時代に客人はマレビトであり、またそのマレビトは来訪神として歓迎されました。もてなす我々は恵みをもたらしたマレビトに感謝し共に食事を楽しみ、そして一夜の床を用意してお休み頂き、無事に送り返すのです。信仰的にはここでマレビトは居心地よくもてなしながらも長居させることなくお帰り頂くというところが、神社における祭礼のプロセスとお客様への対応がリンクしており趣深いなと思います。

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夏山の奉仕もお盆が過ぎると折り返し地点となり、あと半分になりました。一時下山で何日間かリフレッシュの時間も頂きますが、またそのうちにマレなる人が頂上に現れて良い風を吹かせてお帰りになるのをお待ちしております。とはいえ、稀なるはずがちょくちょくとなると有り難みが薄れますので、その辺の機微は空気を読んでいただいて、換気はほどほどにして欲しいなどと戯言で本稿締めさせて頂きます。

命を救う、その努力と祈り

命には限りがあり、それ故に尊いのです。悲しいですが、愛する人も勿論、自分自身もいつかは生を終えるのです。

それであればこそ、今を大事に精一杯生きることが大切なのだと思います。

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私は東日本大震災を契機として神社本庁を退官し、神社での奉務の傍ら軍事訓練を重ね陸上自衛隊予備自衛官に任官しました。

併せて一次救命に関わるスキルを求めました。私は戦場で銃を持って戦う兵隊ですが、メディックとしても動けるように赤十字救急法救急員・応急手当普及員・水難学会指導員、そして防災士の資格を持っています。有事は勿論、災害時や日常の中においても守る力を私は希求しているのです。それは私を守ってくれた父祖や郷土の先輩方と同じ役割を果たせるようにです。祖父は陸軍少尉として終戦を迎え、また祖父の伯父は陸軍中将でしたので、幼い頃より感じるところがありました。

今では講師として一次救命を指導することもあります。実際に年に一度は救護する現場に居合わせていました。その度に人を救える力を嬉しく、誇りに思っていました。しかしながら、今回までは心肺蘇生を施すことはありませんでした。

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(頂上付近から警戒監視中に撮影されたものを提供して頂きました)

標高3000メートルを越す立山主峰の雄山、その頂上よりあと100メートルもないであろう三の越と呼ばれる場所。そこで60代の女性が心肺停止状態で救助を待っていると連絡が社務所に届いたのは朝の6時半でした。朝食を摂っていた私は、その報を聞くやいなや宮司と共にはじかれるように現場へ急行しました。

山の薄い空気も、山頂勤務が一ヶ月を超えた私にとって下界と変わらぬ働きができ、自分でも驚くほど冷静に対処することができました。周囲の確認、関係者の健康状態や精神面のケア、日々訓練で重ねたこと全てを行うことができました。

しかし到着時に既に30分が経過しており、懸命に心肺蘇生を行いましたが還すことが叶いません。山岳警備隊が到着した後もヘリコプターが来るまで共同して救命に尽くしましたが、力が及びませんでした。祈りながら、また周りの方々に祈りを促しながら、絶望的な状況を分析しつつ、しかし一縷の望みを託して精一杯尽くしました。天理人道の文字が頭の中を巡ります。立山の神は何をお考えかと。

 

社務所に戻り、その時点で死穢に触れたわけではありませんでしたが、気枯れに接しましたので潔斎し祓を受け、当日は社殿での神事の奉仕を控えさせて頂きました。

翌日の新聞に訃報が掲載されていたことを後日教えてもらいました。甲斐無き事にまことに残念に思います。もしも、もっと早く頂上に連絡が来ていたらまた違った結果になったのではないかと思いながら、私に出来ることの最善を尽くせるようにまた修練して行きたいと決意を新たにしました。

 

亡くなられた方の御霊が安からんことを祈り、そしてまた今日も沢山の方々の立山登拝をお祝い申し上げます。

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私は神主として奉仕しなければなりませんが、神事に携われない触穢に遭うこととなっても目の前の人を助けたいです。もしまたその時が来たら、それは大神様のお導きによるものと思います。

令和も霊山修行

毎年夏は日本三霊山立山にいます。主峰の雄山頂上にある雄山神社峰本社で助勤奉仕しています。今年から糸島市消防団操法大会が隔年開催に変更され、いつもなら7月の下旬から山籠りでしたが、今年は開山前の6月下旬からご奉仕しております。

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頂上では日の出と共に神様にお食事をお供えする日供祭を執り行いますので、それに合わせて起床となります。7月は4時半頃ですが、だんだんに遅くなっていきます。雨で登拝する方もいない時は、6時に起床です。夜は消灯が9時なのでその時はゆっくりできます。

日の出、御来光に間に合うように未明から出発し登拝する方々は頂上参拝の受付をして登山安全・身体健全のご祈願をお受け頂きます。

週末や夏休みシーズンになると朝から多くの人で頂上は賑わい、多い日には1000人以上の方が来られます。7〜9月の3ヶ月間のみ、麓にある2社の雄山神社の神主とその他助勤奉仕の神主が頂上峰本社でご奉仕となります。毎年3万人を超える方々に登山安全のご祈願を奉仕します。

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山の気温は7月で平気8度ほどです。8月には気温が上がりますが、短い夏が終わり秋が来たと思う頃の9月には雪が降り始めます。そうした事から頂上ではストーブが必須となっています。暖をとるのは勿論ですが、煮炊きの為にも使用しています。

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ライフラインである電気は発電機を用い、ガスはプロパンガスがあるので使用できます。一番大変なのは水で、基本的に雨水を貯めて普段使用しています。その為、晴天が続くと水が不足して苦労します。神明に奉仕する者として、身を綺麗にすることに気を使っていますが、風呂はなくシャワーを週に2度浴びる程度です。従って洗面器にお湯を張って体を拭いて清めています。山の上での生活はさほど汗を掻くことはありません。神社でなければ3〜4日お風呂に入らなくても特に苦にはならないと思います。

携帯電話の電波は年を追うごとに良くなっていて、場所によっては繋がります(笑)

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私は今年で7度目のご奉仕で、夏は山にいることがライフスタイルの一部になっています。初めてご奉仕した時は20歳になる年でした。それ以来毎年夏になると立山に行きたくなっていましたが、何度か遊びに行くことはできても、なかなかご奉仕の機会は得られませんでした。

そうした思いがある中、大学卒業後に奉職した神社本庁を6年で退官し、再び立山奉仕が叶いました。地元に戻って神社を引継ぎ、陸上自衛隊で訓練を受けて予備自衛官になり、観光の仕事や講師の仕事をしながら、毎年夏は立山にいます。

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出来るならば、地元の糸島を離れることなく神明奉仕に勤しむことが私の願いですが、自社のみでは生活する基盤にはなり得ません。お蔭様で神社以外の副業で収入を得ていますが、家族6人を支える年収には程遠いです。こうして立山でご奉仕させて頂くことで家族の生活がギリギリ維持できています。糸島で活動が出来るのも立山の大神様の御恵みによるものと感謝しています。

平成30年の1月に糸島市議会議員選挙に出馬した際に人生で初めて多額の借金を作り、落選した後はとにかく返済が人生の最優先事項になっています。敗戦処理がまだ続いているという状況で、地元の活動の為に仕事を断りながらでもどうにか継続しておりますが、以前よりも制限されている現状にお叱りを受けることもあります。苦しい思いがあるものの、自ら手を挙げ挑んだ選挙に応援してくださり、今も尚支援してくださっている方々の付託に応えられていない自分が不甲斐ないです。

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今はまだ修行半ばにありますが、必ずや地元糸島の為、そして日本の為に立派なはたらきを出来るようにと研鑽を積んでおります。不惑の歳まであと4年となり、それまでに実戦に努めながら世に認められる人材となりたく思います。

 

平成の御代

新たな時代の幕が開けようとしている今日、天皇陛下は譲位に向けた諸祭諸儀式に臨まれました。

憲政史上初となる譲位による御世代わりということで、世間では様々に取りざたされました。当初は生前退位という不敬極まりない言葉が横行し、我が国の歴史文化そして伝統を蔑ろにするかのような一部の論調がメディアに露出する度に憤りました。世界に誇る歴史を、自国を誇りに思えるように嘘でも誇張でもなく事実を伝えることで発信することの大事さを痛感しました。

今回特例法が施行され、明日より新たな元号である令和を冠した時代が到来します。

ついに明日は皇太子殿下が御即位され天皇となる祭祀儀式があり、連綿と続く我が国の揺るがぬ国の形が継承されるのです。神話に始まる我が国の歴史は初代神武天皇より途切れることなく続いており、明日から126代目となる令和の御代がはじまります。

私はこれからも神主として、神様と世の人とを繋げるナカトリモチを続け、これが父祖及び諸先輩から受け継ぐ日本の形であると信念を持って、次の世代に伝えていきます。

我が国を取り巻く環境は依然として厳しく、多くの国民が知るところとなるテレビや新聞等では不当に本邦を貶める論調が跋扈し、他国であれば考えられないような敵対する国からの武器を用いない攻撃を受け続けています。プロパガンダやスパイ行為は邦人の身を危険に晒しています。保守を自認する私にとって安倍晋三政権は大変頼もしい存在でありますが、自由民主党の党是である憲法改正や更には皇室典範及び皇室経済法の改正、日本人になりすまして内部から破壊活動を続けるスパイへの対策や国防の充実は依然として遠いものです。また、人口減少の原因たる少子化並びに超高齢社会の到来は未曾有の危機にあると言えるにも関わらず、じわじわと真綿で締め付けていくように状況は悪化しており、対策は後手後手で長期的な戦略に欠けた政策ばかりと感じています。

地位を得たものは保身に走り、その場限りの政策になりがちであり、力無きものの声は正論であろうとも届かないジレンマです。

昭和に生まれ平成に育った私が令和に何を為すのか。政治は五箇条の御誓文にあり、教育は教育勅語の中にあります。私は中今を生きる日本人として、次の世代にバトンを渡す為に走り続けます。

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何のご縁か、平成最後の日となる今日から北陸を案内しています。平成の締めくくりは石川県におります。そして明日の令和は富山県で過ごすことになります。日本三霊山の白山そして立山のお膝元で新時代の黎明を迎えます。弥栄!

息子に仰天

もういつでも死ねる。だから、毎日頑張って生きられる。

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桜のほころぶ今日は、結婚記念日だからと、仕事の打合せに呉服町まで向かうのを子どもら共々車で送ってもらって、そのまま待ってもらってた。

帰り道でせっかくだからと城下の大濠公園で遊ばせようとしたが下の子二人は調子が悪く妻は病院へ行った。

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仕方なく私と上の子二人で行く。

たくさんの子どもで賑わう遊具コーナーでひとしきり遊んで、歩いてすぐの桜祭りの会場に向かった。少しであるがこづかいを渡して、子らは屋台で好きなものを買うことができ喜んでいた。私はタピオカは味がしないと知った。ドリンクが無くなる前に吸い尽くさないと微妙なことになってしまう。

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そのまま石垣沿いの桜を眺めながら護国神社へ。せっかくなのでお参りした。

ふと英霊の遺書の掲示に目をやると糸島の人だった。26歳の青年は最期に母親へ言葉を遺したのだ。読み上げると、春から小学二年生になる娘はなんとなく理解したようで、その成長に驚いた。

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5歳になったばかりの息子はどこかへ行きたがるが、ちゃんと説明したら段々にわかったようで泣きそうになっている。死ぬときは血がたくさん出るの、目も飛び出すの、と物騒なことを聞く。いちいちそうだと答えて、パパもみんなを守る為に戦って死ぬことになるかもしれないと伝えた。怖がらせてしまったと思ったが、息子の言葉に仰天した。

 


そしたらぼくが次に戦う

 


みんなを守れる男に育って欲しいと願ってきたが、こんなに早く自分が追い越されるとは。

もういつ死んでも差し支えないが、もう暫くはこの子らをしっかり守らねばならないと改めて決意した。

護国神社にお参りに行くというのは、こうした自分の気持ちを再確認するということもあるのかも知れない。

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平成31年正月

明けましておめでとうございます。

新玉の年を迎えて、皆さま益々ご健勝でありますように祈念申し上げます。

正月奉仕〜鏡開きも終え、気を引き締めて職務に精励したいと思います。

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行楽シーズン徒然

糸島から日本の魅力発信をしています、山本ひでとうです。秋から冬にかけての紅葉シーズンは殆ど毎日どこかの観光地を案内しています。

今年は12月に入っても暖かい日が続いています。段々に冷え込んでいくのでしょうが、寒がりの私には助かります。

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(宮崎 雲仙の仁田峠)

 

有名な観光地は勿論、道すがらから田んぼにポツンと立つ木にも美しさを感じます。鮮やかに色付く木々は人々の目を楽しませ、そして新穀と山海の珍味は思わずほころんで笑顔になります。

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伊勢神宮を案内しました。元の職場ですので、気合が入りますし、他の追随を許さない案内人であると自負しています。

九州人にとって伊勢志摩への旅行は一生に一度か二度の大旅行です。そんなハレの日に同行できて嬉しく思います。

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(伊勢の神宮 外宮)

 

地元、雷山観音の樹齢400年の大楓も見事です。今回は散り終わる寸前でしたが、赤絨毯のようになった風情もまた一興です。新緑も冬もおススメですが、やはり秋が一番良いです。

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(糸島 雷山観音)

 

天照大神様の御神徳によるものか、お蔭様で私はいわゆる晴れ男です。

偶然といえばそれまでですが、私が観光地を案内する時は、殆ど晴れています。雨の予報が出ていても晴れることが多いです。旅で一番大事なのは天気なので、全く有難いことです。

 

私の仕事は神主そして観光と防衛・防災・衛生やその他多岐に渡っているのですが、それぞれがリンクして役立ってます。

観光案内の最中に傷病者の救護といったことも一年に一回くらいの割合で発生します。私は救急隊員が到着するまでの間の応急手当てが役割ですが、付き添いの方の不安を取り除いて迅速に行動が取れることを嬉しく思います。

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(山口 元乃隅稲成神社)

 

次はどこへ行くのか旅の空

皆さまとお会いできるのを楽しみにしています。

 

稽古照今

稽古照今(ケイコショウコン)

「古(いにしえ)を稽(かんがえ)今に照らす」

昔の事柄や先人の教えを今の時代に照らし合わせて、その教訓を活かすという意味です。

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今年はアジア・太平洋戦争終結から73年目の節目となりました。今日は終戦の日です。昭和天皇が広く国民に矛を収めよと詔を発せられた日です。

難しく、長い文章ですが終戦詔書に戦後日本が歩むべき方向性が示されています。また、同日付の内閣告諭も国民が果たすべき道筋が示されています。

(本ブログ後段に全文掲載)

我が国は危ういバランスの上に本日まで安寧を保ち、今日を迎えております。霊山立山へ登拝される方々も等しく平和を享受し、終戦記念日など忘れてしまっているかのように只々山の優美な景色を楽しまれています。

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然しながら、国際情勢は楽観を許さず、国内における課題は山積し、まさに内憂外患の国情です。不当に占拠されたままの領土もあります。国際法を無視した不当なる圧力もあります。国内にあって、海外ならばとっくに捕まっているような日本を貶める活動を続けている個人団体もあります。

それらから目を背けて、ただ目の前の家族との幸せ、あるいは目の前の快楽に身を委ねていてはこの平安は続かないと思っています。総ての国民がそうあれとは言いません。むしろ多くの方々には日々の幸せを享受して頂きたいです。

私の使命は今を預かり次世代へと繋げていくことであると、終戦の日を迎えるにあたり決意を新たにしました。願わくば、志を同じくする仲間に恵まれんことを。

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終戦詔書

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収集セムト欲シ玆ニ忠良ナル爾臣民ニ吿ク

朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通吿セシメタリ

抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已ニ四歲ヲ閱シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尙交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ

朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス

朕ハ玆ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ

 

内閣告諭

本日畏クモ大詔ヲ拝ス帝国ハ大東亜戦争ニ従フコト実ニ四年ニ近ク而モ遂ニ 聖慮ヲ以テ非常ノ措置ニ依リ其ノ局ヲ結ブノ他途ナキニ至ル臣子トシテ恐懼謂フベキ所ヲ知ラザルナリ

顧ルニ開戦以降遠ク骨ヲ異域ニ暴セルノ将兵其ノ数ヲ知ラズ本土ノ被害無辜ノ犠牲亦玆ニ極マル思フテ此ニ至レバ痛憤限リナシ然ルニ戦争ノ目的ヲ実現スルニ由ナク戦勢亦必ズシモ利アラズ遂ニ科学史上未曾有ノ破壊力ヲ有スル新爆弾ノ用ヒラルルニ至リテ戦争ノ仕法ヲ一変セシメ次イデ「ソ」連邦ハ去ル九日帝国ニ宣戦ヲ布告シ帝国ハ正ニ未曾有ノ難関ニ逢著シタリ 聖德ノ宏大無邊ナル世界ノ和平ト臣民ノ康寧トヲ冀ハセ給ヒ玆ニ畏クモ大詔ヲ渙発セラル 聖断旣ニ下ル赤子ノ率由スベキ方途ハ自ラ明カナリ

固ヨリ帝国ノ前途ハ之ニ依リ一層ノ困難ヲ加ヘ更ニ国民ノ忍苦ヲ求ムルニ至ルベシ然レドモ帝国ハ此ノ忍苦ノ結実ニ依リテ国家ノ運命ヲ将来ニ開拓セザルベカラズ本大臣ハ玆ニ萬斛ノ淚ヲ呑ミ敢テ此ノ難キヲ同胞ニ求メムト欲ス

今ヤ国民ノ齊シク嚮フベキ所ハ国体ノ護持ニアリ而シテ苟モ旣往ニ拘泥シテ同胞相猜シ内争以テ他ノ乗ズル所トナリ或ハ情ニ激シテ軽挙妄動シ信義ヲ世界ニ失フガ如キコトアルベカラズ又特ニ戦死者戦災者ノ遺族及傷痍軍人ノ援護ニ付テハ国民悉ク力ヲ效スベシ

政府ハ国民ト共ニ承詔必謹刻苦奮励常ニ大御心ニ帰一シ奉リ必ズ国威ヲ恢弘シ父祖ノ遺託ニ応ヘムコトヲ期ス

尙此ノ際特ニ一言スベキハ此ノ難局ニ處スベキ官吏ノ任務ナリ畏クモ至尊ハ爾臣民ノ衷情ハ朕善ク之ヲ知ルト宣ハセ給フ官吏ハ宜シク 陛下ノ有司トシテ此ノ御仁慈ノ 聖旨ヲ奉行シ以テ堅確ナル復興精神喚起ノ先達トナラムコトヲ期スベシ

霊山立山で修行

標高は3003メートル、まさに一万尺。

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日本三霊山立山頂上に鎮座する雄山神社で神主として奉仕しております。毎年夏の時期だけ、修行の場として山に籠る生活が常となりました。

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大宝元年(701)に開山された雄山神社は、アメノタジカラオの神とイザナギの神を祀り、麓の芦峅と岩峅の雄山神社と頂上峰本社の三社一体の神社です。

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立山という山はなく、通常は主峰の雄山と最高峰の大汝山と富士の折立の三山をいい、また立山三山行った場合に更に別山浄土山を含みます。タテ山が古はタチ山と呼ばれていたことからも、その奥にある剱岳が信仰上重要視されていたことは間違いありませんが、立山剱岳は区別されています。

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御来光を求めて沢山の方々が頂上を目指して毎日お参りに来られます。雲間に隠れる日も雨の日もありますから、必ず拝めるわけではない日の出の太陽が、より尊く感じます。当たり前が当たり前でなく、ありがたいと感じる朝日です。

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立山アルペンルートの整備により、地鉄からケーブルカーと登山バスを経由して標高2400メートルの室堂まで行くことができ、そこから個人差はありますが2時間ほどで山の頂に至りますので、小学生でも登ってくることができます。

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昔は立山に登ることが成人の証であり、現在でも富山県下の小学生はこの時期に登拝する習慣が残っています。

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頂上では神主が登山の安全と身体健全のご祈願を行っており、信仰の山を守っています。私は今回で5度目の奉仕となりました。山に入る度に、さまざまな学びを得、新しきご縁を頂きます。

 

神社にはいつも神様がお祀りされていますが、神主が奉仕するのは夏の間3ヶ月のみとなっており、この期間に2万人以上の方々が頂上参拝されます。一生に一度の場合もありますし、何十年ぶりかに登ってくる方も、また毎年いらっしゃる方もいて、其々ですが下界とは全く違った世界に感動してお帰りになります。

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今年は晴天が続き、日本三霊山の富士山・白山はもとより遠き近きの霊峰山々が良く見渡せています。

私は秋までご奉仕の予定です。皆様のお越しをお待ちしております。

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初夏の糸島

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福岡市中心部から1時間程でいける、白糸の滝。そうめん流しで賑わう夏の盛りの少し前、アジサイもまだ満開になっていない時期でしたが、梅雨の合間の晴れ日は水量も増した雄壮な滝を堪能できました。

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週末や夏休み中は激混みが予想され、2時間待ちになることもあります。10時までには到着できれば良いですが、リラックスするはずがストレスマックスにならないようにしたいですね。

そんな時は思い切って紅葉が有名な雷山観音の新緑を観に行くのも良いと思います。夏はちょっとした穴場スポットです。

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白糸の滝を下ると白糸酒造があり、ここの日本酒は全国的にメジャーになってます。今では難しい昔ながらの製法で作られています。お土産にも喜ばれます。原酒で作った梅酒がオススメです。

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僧伽小野一秀庵は、糸島の中で最も高級な食事処ではないかなと思います。ふらっと行くお店ではないです。特別な日の特別な食事を楽しむ場所といえます。

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今回は伊都志摩観光大使としておもてなしの日ですから、ご馳走はお預けです。喜ぶお客様に私も嬉しくなります。

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特別に賄い海鮮丼を作っていただきました。極上のお裾分け、最高です。いつか家族でコース料理食べたいです。

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北伊醤油にも蔵見学と利き醤油させていただきました。こだわりぬいた丸大豆醤油、料理好きには是非オススメです。
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