職業ナカトリモチ

神と人を結ぶ神主さんを中執持といいます。 糸島・金沢を舞台に神社の奉仕、地元を案内するガイド・添乗員、予備自衛官・防災士などの様々な活動をしながら日々の事を綴るブログです。救命講習、 パソコンや進路指導、観光、郷土史や神話の各種講師業も行なっております。

命を救う、その努力と祈り

命には限りがあり、それ故に尊いのです。悲しいですが、愛する人も勿論、自分自身もいつかは生を終えるのです。

それであればこそ、今を大事に精一杯生きることが大切なのだと思います。

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私は東日本大震災を契機として神社本庁を退官し、神社での奉務の傍ら軍事訓練を重ね陸上自衛隊予備自衛官に任官しました。

併せて一次救命に関わるスキルを求めました。私は戦場で銃を持って戦う兵隊ですが、メディックとしても動けるように赤十字救急法救急員・応急手当普及員・水難学会指導員、そして防災士の資格を持っています。有事は勿論、災害時や日常の中においても守る力を私は希求しているのです。それは私を守ってくれた父祖や郷土の先輩方と同じ役割を果たせるようにです。祖父は陸軍少尉として終戦を迎え、また祖父の伯父は陸軍中将でしたので、幼い頃より感じるところがありました。

今では講師として一次救命を指導することもあります。実際に年に一度は救護する現場に居合わせていました。その度に人を救える力を嬉しく、誇りに思っていました。しかしながら、今回までは心肺蘇生を施すことはありませんでした。

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(頂上付近から警戒監視中に撮影されたものを提供して頂きました)

標高3000メートルを越す立山主峰の雄山、その頂上よりあと100メートルもないであろう三の越と呼ばれる場所。そこで60代の女性が心肺停止状態で救助を待っていると連絡が社務所に届いたのは朝の6時半でした。朝食を摂っていた私は、その報を聞くやいなや宮司と共にはじかれるように現場へ急行しました。

山の薄い空気も、山頂勤務が一ヶ月を超えた私にとって下界と変わらぬ働きができ、自分でも驚くほど冷静に対処することができました。周囲の確認、関係者の健康状態や精神面のケア、日々訓練で重ねたこと全てを行うことができました。

しかし到着時に既に30分が経過しており、懸命に心肺蘇生を行いましたが還すことが叶いません。山岳警備隊が到着した後もヘリコプターが来るまで共同して救命に尽くしましたが、力が及びませんでした。祈りながら、また周りの方々に祈りを促しながら、絶望的な状況を分析しつつ、しかし一縷の望みを託して精一杯尽くしました。天理人道の文字が頭の中を巡ります。立山の神は何をお考えかと。

 

社務所に戻り、その時点で死穢に触れたわけではありませんでしたが、気枯れに接しましたので潔斎し祓を受け、当日は社殿での神事の奉仕を控えさせて頂きました。

翌日の新聞に訃報が掲載されていたことを後日教えてもらいました。甲斐無き事にまことに残念に思います。もしも、もっと早く頂上に連絡が来ていたらまた違った結果になったのではないかと思いながら、私に出来ることの最善を尽くせるようにまた修練して行きたいと決意を新たにしました。

 

亡くなられた方の御霊が安からんことを祈り、そしてまた今日も沢山の方々の立山登拝をお祝い申し上げます。

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私は神主として奉仕しなければなりませんが、神事に携われない触穢に遭うこととなっても目の前の人を助けたいです。もしまたその時が来たら、それは大神様のお導きによるものと思います。